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2017年5月24日

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洛北一詩仙堂を訪ね、石川丈山に想いをはせる

五月晴れの23日、詩仙堂を訪ねる。この山荘は、徳川家康の近習<きんじゅ又はきんじゅうとも>だった石川丈山が官を辞して(今ならリタイヤして)、のち長く隠棲した閑居。中国漢、唐など36人の詩人の肖像を掲げる部屋名から詩仙堂と呼ばれるようになった。曹洞宗の「丈山寺」でもあり、この日は関係者による法要が営まれ庭園は自由見学できた。

この庭園は鹿威し(シシオドシ)発祥の地。僧都(添水)<そうず>ともいい、静けさを強調する仕掛けとしてよく知られている。

石川丈山は漢詩に優れ、また儒学、書、煎茶、造園(東本願寺渉成園)などの精通していた。丈山は徳川家譜代の家系で出仕してからずっと家康の近習を務め、信頼も厚かったが、大阪夏の陣において近侍の掟を破り、功を焦って(通説)戦場に突っ込む。この為謹慎処分となる。辞職後実家に戻り、母の願いから浅野家に仕官するもその没後念願?の隠棲生活を送るべく京都へ。漸く「武」から「文」の世界へ。儒者藤原惺窩に師事、林羅山等々多くの文人儒家と交わり隠棲生活というも弟子もつき、俗から離れた自由な生活を送り天寿を全うする(一度も鴨川を西に渡らず)。

下記画像が元祖 「ししおどし」  いったい何代目だろうか?