私の大好きな鴨川は、北山の桟敷ヶ岳を源流とし、下鳥羽で桂川と合流するまで約35kmの一級河川です。かもがわは、出町柳から上流を賀茂川(上賀茂神社に因む)、合流後の下流域を鴨川(下鴨神社に因む)と使い分け現在の整備された鴨川は、市民の憩いの場となっていますが、長い歴史の上では京都人と深く関わり様々な顔を持っています。平安時代は伊勢斎宮のみそぎの場としての神聖な川であり、またある時は飢饉や疫病の犠牲者の葬送の地ともなり、時として権力者による処刑の場ともなりました。江戸時代には四条河原周辺には芝居小屋をはじめ多くの店が進出して一大歓楽地にもなりました。

白河法皇の「天下三不如意」にあるように、為政者にとって暴れ川の治水対策は頭痛の種だったかも知れません。豊臣秀吉は「御土居堀」を造り、江戸時代の始めには「寛文新堤」が造られ、昭和10年の大水害の後には大規模な治水工事が行われました。戦後は「鴨川を美しくする会」などの市民活動や「鴨川広域公園」が造られ、京都の美しい自然のシンボルとして、市民の憩いの場として親しまれています。

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